橋本治 『これで古典がよくわかる』

  袖濡るる露のゆかりと思ふにも
    なほ疎まれぬやまとなでしこ
           (源氏物語「賢木※」)
※この巻は紅葉賀?
 
 「この子が私の涙の原因だと思うと、やっぱり私はこの子を好きにはなれない」
 
 「疎まれぬ」の「ぬ」は否定の意味ではなく、完了の助動詞「ぬ」である。しかし、谷崎源氏(校閲山田孝雄)は否定の「ぬ」に取ってしまった。「えらい専門家だって間違えるんです。古典はむずかしくって当然なんです。べつにそんなに『わからない』ということを気にする必要なんかありません」(p.252)
 
橋本治はこの和歌の解釈を『小林秀雄の恵み』(2007)に再掲し、次のように解説している。

「なほうとまれぬ」の「ぬ」は、打ち消しの助動詞「ず」の連体形であると同時に、完了と強意の助動詞「ぬ」の終止形でもある。三十一文字の曖昧な続き方を諒とする和歌の中では、これがどちらにも解釈出来る。(…)藤壺の筆先にこの歌を存在させた紫式部は、肯定否定どちらともとれるような歌に仕立てているのである。(p.28-29)