中野剛志 『TPP亡国論』

 さらにまずいのは、関税率が低いのに「国を開きます」と宣言すれば、日本が開放すべきは関税以外のもの、すなわち非関税障壁だということになるだろうということです。非関税障壁には、社会的規則、安全規制、取引慣行、果ては言語や文化まで、外国企業が日本市場に参入する際に面倒だと思うものすべてが含まれます。食に関する安全規制、環境規制、あるいは労働規制が厳しすぎるだとか、保険制度や医療制度がアメリカとは違うだとか、外資による参入が少ないのは取引慣行が不透明だからだとか、挙げ句の果てには、使用言語が英語でないのが障壁だとか、ありとあらゆる因縁をつけられかねません。しかし、関税が既に十分に低いのに、自ら「国を開きます」と言った以上は、必ず、非関税障壁の撤廃という形で落とし前をつけさせられることになるでしょう。我が国の安全上必要な規制や固有の慣習や文化まで放棄することを迫られるかもしれないのです。いや、下手をすると、日本政府は自分から言い出した「開国」の実を示すために、外圧がなくとも、自国の規制や文化を自ら進んで放棄しようとすらしかねません。 (p.38-39)
 
 明治政府が「日米修好通商条約の不平等を是正するために心血を注ぎ、日露戦争を戦った後の1911年、やっと条約改正を成し遂げ、関税自主権を回復」(p.215-6)した。その、100年前に回復した関税自主権を放棄しようというのが、今日のいわゆる「平成の開国」=TPP参加論である。
 
 日本は現状のデフレ脱却を最優先に目指すべきであり、貿易自由化、農業構造改革はデフレを悪化させるばかりである、と著者は指摘する。そして、TPPと安全保障は無関係であり、「日本がTPPに参加したからといって、日米安全保障体制が続くという保証もまったくない」。
 
 本書の発行は今年3月22日。実際、年明けからTPPが大きな話題に昇りはじめつつあったが、3.11の大震災ですべてが吹っ飛んでしまった。8か月が過ぎ、復興の道筋は相変わらず見えないままだが、野田政権下でTPP交渉参加問題は一気に盛り上がりを見せている。しかし、本書にあるように、エネルギー安全保障やレアアース、「F1品種」問題など、日本の国際政治における“世界戦略”の脆弱さは目を覆うばかりだし、これに知的財産や競争政策、社会保障サービスなどへの影響を思うと暗澹とした気持ちになる。なおかつ、この問題の本質が「自主防衛」云々で解決できるレベルのものであるとも到底思えないのだ。