科学と技術

譲れない「・」 科学技術か科学・技術か、専門家バトル (www.asahi.com 2010年12月16日10時23分)
 
 「科学技術」と「科学・技術」。表記をめぐり、譲れない攻防が続いている。学者の国会とも呼ばれる日本学術会議が「科学・技術」を使うのに対し、科学技術政策の司令塔の総合科学技術会議は再び「科学技術」に戻した。「・」にこだわる背景には、政策の方向をめぐる意識の違いがある。
 
 「お気づきの方も多いと思いますが、『・』は抜いてあります」
 総合科学技術会議(議長・菅直人首相)の調査会。来年度からの「第4期科学技術基本計画」の草案の説明で、従来案にあった「・」を抜き、「科学技術」としたことが説明された。科学技術基本法が「科学技術」で統一されている、という理由だった。
 
 草案で「・」を使い始めたのは今年1月、日本学術会議の主張がきっかけだった。
 科学と技術は対等のはずなのに、「科学に裏付けられた技術」の意味で使われることが多いと指摘した。政策が「出口志向」、つまり産業や社会に役立つかが重視され、「純粋な学術研究の軽視につながっている」としている。
 8月には学術会議が「科学・技術」に改めるよう科学技術基本法の改正を首相に勧告した。勧告は、もっとも重い意思表明で、5年ぶりだった。今年の科学技術白書や「新成長戦略」では、「科学・技術」が使われ、このまま定着するかに思われた。
 
 表記を戻したことについて総合科学技術会議の相沢益男議員は「法律に基づいた文書以外は、引き続き『科学・技術』を使う。スタンスは変わらない」と説明する。ただ、「・」を入れると「先端科学・技術」「総合科学・技術会議」のようにわかりにくくなることや、文部科学省にも「従来通りに科学技術で統一すべきだ」との考えが強く、出番は減りそうだ。
 総合科学技術会議の議員を兼ねる学術会議の金沢一郎会長は「基本計画の中でも、何らかの形で『科学・技術』を残してほしい」と訴えてきたが、修正は難しい。
 
 二つの表記は科学界で意見が割れている。
 元国立環境研究所長の市川惇信さんは「科学技術という言葉は自然に定着した。切り離せない」と指摘。小惑星探査機「はやぶさ」も、試料分析は科学だが、帰還できたのは技術、というわけだ。
 学術会議会長や東京大学総長を歴任した吉川弘之さんは「『・』に込めた思いはわかるが、それで問題が解決するとは思えない。科学は社会のためにあるのではない、という主張に受け取られかねない」との意見だ。
 
 一方、科学史に詳しい東洋英和女学院大学村上陽一郎学長は「経済が厳しくなり、税金を投じるからには社会に見返りがあって当然という風潮があまりに強い」と指摘。「研究で得られた知識は人類全体の財産。それを社会で支えることを確認するうえで『科学・技術』という表記には意味がある」と話す。
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 「科学技術」の言葉の歴史を論文にした徳山高専山口県)の平野千博校長によると、「科学」は幕末から明治にかけて使われるようになった。当初は「個別学問」というような意味で、だんだん「サイエンス」の和訳に近い意味で使われるように変わった。
 「技術」は江戸時代には使われていたが、教養を意味するような使われ方で、明治になって今の意味に近い使われ方になったという。
 
 「科学技術」が公文書で使われ始めたのは1940年ごろ。戦時色が強くなったころで、科学技術で国家が直面する課題の解決に貢献しようとする技術系官僚の運動が背景にあったと分析している。当時は「科学及技術」という表現が一般的で、戦後に、科学と技術が一体化した概念を表す言葉として定着していったとみられる。
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 杏林大学金田一秀穂教授(日本語学)の話 日本語は語を構成するとき、前項が後項を修飾するものと、同格で並列するものとがある。「・」は並列関係を明確にするが、そもそも日本語の表記にはなく、並列だからといって、入れないといけないわけでもない。「・」を入れる主張は、正しいかも知れないが、並列だと明言すると、両者が分割されて、縦割りで風通しが悪くなるのではないか、とも思う。