F・スコット・フィッツジェラルド 『グレート・ギャツビー』

 フィッツジェラルド(1896-1940)は、その作品よりも生涯に及ぶ悲惨さ――神々しいまでの美貌を備えながら、常軌を逸した浪費癖をもち、後年には精神に異常を来すことになる妻・ゼルダとの結婚生活、あるいは生涯彼を悩ませた金銭トラブルとアルコール依存症――でよく知られる。
 『グレート・ギャツビー』(1925)は世界文学史上屈指の名作として、今日なお高い評価を勝ち得ているが、神話的ともいえる錯綜した愛憎の人間関係、抑制された筋の運びなど、端正とも言うべきクラシカルな作品であることは間違いない。
 
 ギャツビーの無類な魅力を際立たせているのは、語り手ニック・キャラウェイだ。ニックとは誰なのか。
 
「ニック?」と彼はかさねて尋ねた。
「なんだって?」
「少し飲まないか?」
「結構だ……ふと思い出したんだけど、今日は僕の誕生日だったな」
 僕は三十歳になっていた。目の前にはこれからの十年間が、不穏な道としてまがまがしく延びていた。 (p.246)
 
 握手をし、僕はそこを去った。垣根にたどり着く前に、ひとつ心にかかることがあって、僕は背後を向いた。
「誰も彼も、かすみたいなやつらだ」と僕は芝生の庭越しに叫んだ。「みんな合わせても、君一人の値打ちもないね」 (p.277)
 
 悲劇の時代、「予め失われた」これからの十年間を、ニックはどうやって過ごすのだろう。不穏な道として、まがまがしく延びたこれからの十年を?