なぜ「質量」はあるのか?

 なぜ「質量」は存在するのか(質量とは、後天的な「性質」である?)。その、凡人にはおよそ理解不能な「理論」よりも、こうした「問い」が立てうる天才という事実に、底知れぬ驚きと奇妙な怯えを感じてしまう。

 南部陽一郎 (88、 2008年度ノーベル物理学賞) (2009年4月6日付 朝日新聞 夕刊 ニッポン人脈記「素粒子の狩人1」)
 
 物質を細かく分けていくと、目に見えない究極の粒「クォーク」に行きつく。人間の身体は、1万の1兆倍の1兆倍、つまり10の28乗個ほどのクォークでできている。クォークなど、この世界をつくる極微の存在が「素粒子」である。
 南部の研究テーマは、そんな素粒子がなぜ質量を持つのか、である。それがわかれば、素粒子の集合体である人間に体重があるのも納得できる。謎を解くカギが、ノーベル賞受賞の理由となった「対称性の自発的破れ」。今からほぼ半世紀前に南部が発見した。
 
 (59年)素粒子を専門とするジョバンニ・ヨナラシニオ(76、現ローマ大名誉教授)に、南部は「超伝導」を語り始めた。超低温になった金属が、電気を抵抗なく伝える現象だ。最後に南部は言った。「それをね、素粒子の質量の問題に応用するとね……」。ジョバンニは面食らった。必死に計算すると、南部は「やったなあ、君の成果だよ!」。ジョバンニは振り返る。「南部はとっくに同じ結論を得ていたのさ」
 素粒子理論に超伝導理論を生かしたのが、南部が60年に発表した「対称性の自発的破れ」である。もともと世界は左右の区別がない対称だったが、不安定で、非対称になるように自然に変化する。その変化の中で「質量」が現れる、というのだ。
 
 昨年のノーベル賞授賞式。都合でストックホルムに行けなかった南部の代わりに講演をしたのは、ジョバンニだった。「超伝導」と「素粒子」を重ね合わせ、思いもつかない物理を生み出す南部のすごさ。「彼の前では、素粒子物理しかできない欧米の学者が保守的に見える」