中野京子 『怖い絵』

 恐怖の源、それは何より「死」である。肉体の死ばかりでなく、精神の死ともいうべき「狂気」である。直接的な恐怖はほとんど全て、このふたつの死へと収斂されると言っていいだろう。……ある種の「悪」が燦然たる魅力を放つように、恐怖にも抗いがたい吸引力があって、人は安全な場所から恐怖を垣間見たい、恐怖を楽しみたい、というどうしようもない欲求を持ってしまう。これは奇妙でも何でもなく、死の恐怖を感じるときほど生きる実感を得られる瞬間はない、という人間存在の皮肉な有りようからきている。(『まえがき』より)
 
ドガ 『エトワール、または舞台の踊り子』 (1878): 背後の書割の陰にたたずむエトワールのパトロン。踊り子に対する偏見。「ドガの描いた踊り子は女ではなく、平衡を保った奇妙な線である」(ゴーギャン)。現実に関心を持たない、批判精神の全くない画家の手による一幅の「美しい絵」の怖さ。 
ティントレット 『受胎告知』 (1582〜87): ルネサンス期(理想主義)の名作、フラ・アンジェリコの作品との対比。驚愕、絶望、圧倒的無力感。「避け得ない運命」。領主の初夜権
ムンク 『思春期』 (1894): 大きな黒い影 少女と実存の不安
クノップフ 『見捨てられた街』 (1904): 死都ブリュージュジョルジュ・ローデンバック) 思い出に囚われたまま滅びてゆこうとする人の心
ブロンツィーノ 『愛の寓意』 (1545)
ブリューゲル 『絞首台の上のかささぎ』 (1568)
ルドン 『キュクロプス (1898〜1900)
ボッティチェリ 『ナスタジオ・デリ・オネスティの物語』 (1483): ボッカチオ『デカメロン』五日目第八話の挿話
ゴヤ 『我が子を喰らうサトゥルヌス』 (1820〜24): マドリッド郊外<聾者の家>に遺された14作(『黒い絵』)の一作 戦場の血の海、異端審問の拷問室で見た、音のない凄惨な場面の記憶
アルテミジア・ジェンティレスキ 『ホロフェルネスの首を斬るユーディト』 (1620頃)
ホルバイン 『ヘンリー八世像』 (1536頃)
ベーコン 『ベラスケス<教皇インノケンティウス十世像>による習作』 (1953)
ホガース 『グラハム家の子どもたち』 (1742)
ダヴィッド 『マリー・アントワネット最後の肖像』 (1793)