佐藤優 『テロリズムの罠 右巻――忍び寄るファシズムの魅力』

 『左巻――新自由主義社会の行方』と同時発売された時事評論集。マルクス『ルイ・ボナパルトブリュメール18日』冒頭の有名な一節をもじり、「はじめに――危機の資本主義とファシズムの反復」で佐藤優は、2008年11月4日に第44代アメリカ合衆国大統領に選出されたバラクフセインオバマ大統領の思想を「1920年代初頭のベニト・ムッソリーニ統帥」につながるニュアンスを持つものと警鐘を鳴らしている。
 1930年代に、ムッソリーニ統帥がヒトラー総統と本格的提携を始めるまで、イタリア・ファシズムは「自由主義的な資本主義によって生じる格差拡大、貧困問題、失業問題などを国家の介入によって是正するというかなり知的に高度な操作を必要とする運動」であり、「反ユダヤ主義的要素は稀薄だった」という。そして、「厚生経済学の祖として、現在も高く評価されているヴィルフレド・パレート」も、戦前はファシズムの理論家として日本に紹介されたのだった。
 「ファシズムは、欧米の良質な知的伝統を継承した運動なのである。しかし、結論を先取りしていうとファシズムの処方箋は好ましくない。動員型政治を基本とするファシズムは、政治領域に内側と外側の線引きをする。そしてこの線引きは簡単に排外主義に転化し、そこから戦争に発展する危険性をつねにはらむのである」(p.8)
 
 序章「『思想戦』の時代へ」で、佐藤は2007/2008年の国家の動静で注目されるのは「国家の思想性」が高まってきたことであると指摘する。かつて、マルクス・レーニン主義は国家を超越するイデオロギーを構築するべく、「自己否定のための国家」ソ連を建設した。そして今日、“国家を超越するための国家”建設の動きを見せているのが、アフガニスタンパキスタンによる「一国イスラーム主義/カリフ帝国」形成運動だ。「パキスタン国家が崩壊すれば、その跡地にアフガニスタンとつながったイスラーム革命の拠点が生じることは間違いない」(p.23)
 
 一方、「シリアが北朝鮮の支援を受けて核開発を進めている」疑惑に関連して、「シリア政府が(イスラエルを地上から抹消しようとしている)イラン・イスラーム革命防衛隊のヒズボラ支援に積極的に関与」しつつある中、イスラエルとシリア・イラン間で第5次中東戦争勃発〜第3次世界大戦への発展のシナリオが「現実味を帯びる」ことになるという。全世界を標的とする国際テロ組織による「イスラエルとの通商断絶」要求、そしてこの動きにつけ込む北朝鮮の「対米戦略」(08年10月、テロ支援国家リストからの除外要求通る)。
 
 第1部「血と帝国の思想戦」では、ロシア情勢の変化・プーチン「20年王朝」説と、“世界最大の発展途上国”中国の新たなる国家神話=「科学的発展観」について考察する。「中国が一つの生命体として安定的に発展していく」という社会ダーウィニズム的発想は、同じ思想体系を有するアメリカと「必然的に対決することになる」。これらの状況に対応し、日本国家も生き残りをかけ「思想戦の準備をしなくてはならない」。
 一方、北京五輪開会式の行われた08年8月8日のグルジア軍による南オセチア自治州への「進攻」と、それを受けてのロシア・グルジア戦争勃発の背景には、帝国主義下における「ブレジネフ・ドクトリン」(社会主義共同体の利益が毀損される場合、個別国家の主権は制限される)の復活が見られるという。この思想の背景にあるのは、「国際法は普遍的なものではなく、地域、文化によって変容する」という論理だ。
 すべての産業国家が「世界規模で連結した金融市場や労働力市場に向かう企業の投資戦略に脅かされ」「新しい『下層階級』現象」が出現する中、市民社会型のステート・ナショナリズムは後退し、「血筋の神話」に基づくエスノ・ナショナリズムが興隆する。
 
 第2部「甦るファシズム」第5〜7章「恐慌と不安とファシズム」では、新自由主義に対する異議申し立て運動として、ファシズムが「有効性をもつ思想として」登場する可能性を指摘する。「不安は、主観的な心理現象ではない。個人から独立した、客観的実在として不安は成立している」(p.139)。信用メカニズムの機能不全によって「恐慌」が起こるという宇野弘蔵説(『新訂 経済原論』)、および滝沢克己(哲学者、キリスト教神学者カール・バルトに師事。インマニュエルの哲学)の経済哲学的考察(『「現代」への哲学的思惟――マルクス哲学と経済学』)について言及。