中谷巌 『資本主義はなぜ自壊したのか  「日本」再生への提言』

 細川内閣の「経済改革研究会」委員、小渕内閣の「経済戦略会議」議長代理などを歴任し、90年代市場開放・構造改革路線推進の“急先鋒”としてわが国の経済政策に多大な影響を与えてきた経済学者・中谷巌の転向宣言であり、「懺悔の書」。
 
 中谷によると、サブプライム問題に端を発した今回の金融危機をはじめ、日米など国内の所得格差の拡大、地球環境破壊といった人類を蝕む「傷」の元凶は、グローバル資本主義という「モンスター」に起因する。また、「通貨価値の番人」たる“世界の中央銀行”が存在しないため、グローバル資本主義の下では金融危機が頻発することを避けることができない(事実上の基軸通貨であるドルを管理するFRBグリーンスパンは、アメリカの景気上昇を優先し、住宅バブル下でもドルの過剰供給を容認してしまった)。
 しかし、アメリカ型グローバル資本主義はむしろ「特殊な」資本主義であり、際限なき「自由」を追い求めるのではなく、「相互承認」(mutual recognition)の考え方をベースにして、グローバル資本の動きに一定の制限を加える取り決めを欧州とともに協議し、その成果をG7のような場で提案していくべき――と説く。
 
 ただし、本書全体の構成でいえば、中谷が指弾するグローバル資本主義に替わる新しい世界経済再構築に向けた「グローバルな」政策案の言及は乏しい。格差是正に向けた施策として、「ベーシック・インカム(基礎的所得)」の思想に基づき、基礎年金の財源を新・消費税(福祉目的税)に切り替え、全国民に「還付金」を支払うことにより逆進性を解消する、というアイディアは面白いが、巨額の財政赤字を抱えるわが国においてどれだけリアリティーを持ちうるのか。また、社会における「中間的共同体」の重要性を説きながら、その一つの「顔」である会社組織の「流動性」は肯定し、労働をコスト=「可変費用」と捉える“経営者的発想”(著者は元ソニー取締役、同取締役会議長)にもいささか辟易とさせられる。
 
 また、本書の紙幅の大半が「アメリカ論」「国家論」「宗教論」に割かれているが、最近の人文・社会科学関連の書籍に目を通している人にとっては、取り立てて目新しい議論ではない。むしろ経済学者・中谷巌ならではの、経済学的アプローチで21世紀型資本主義のグランド・ストラテジーを描いてみせてほしかった。