ミシェル・ウエルベック 『素粒子』

 ミシェル・ウエルベックの『素粒子』の日本語訳が上梓されたのは2001年9月15日。その4日前、「世界同時多発テロ」でまさに世界中が騒然となる中、フランス文学界でもスキャンダラスな事件が起こった。イスラム過激派によるテロが大きな山場となるウエルベックの新作『プラットホーム』の世界観が、「9.11」を予告したとして、すでに予選を通過していたゴング―ル賞の2次選考で選外に漏れてしまったのだ。しかし、イスラム教を徹底的にこき下ろし、女性侮蔑の言葉を吐き散らすウエルベックの作品は、単なる“文明批評”の書ではない。溢れんばかりの文学的想像力から描く世界は、人間存在の絶望や不安、滑稽さをこれでもかと言わんばかりに生々しくえぐり出し、読む者の胸に突きつける。

  
 ミシェル・ウエルベックは、日本においては“21世紀の悪夢の時代を預言する”「黙示録的作家」という、いささか神秘のヴェールに包まれた形で登場する。本邦初訳となる『素粒子』は、20世紀後半の西欧で生きた世界的な分子生物学者、ミシェル・ジェルジェンスキの「失踪」から筆を起こし、主人公とその兄弟(国語教師ブリュノ)の互いに交錯する神経症的な2つの生涯を圧倒的なエピソードで振り返りつつ、30年後の2029年3月27日、人類がついに「神」となる実験に挑むエピローグで幕を閉じる。