小室直樹 『数学嫌いな人のための数学』

 扉に「数学とは神の論理なり」とあるように、数学の論理とは古代イスラエルの宗教、すなわち絶対的唯一神との契約の思想から派生したものであり、その精神がアリストテレス形式論理学やヨーロッパ近代の国際法、あるいは近代資本主義の精神を誕生させたこと、また数学の論理を援用すれば、古典派経済学とケインス経済学の関係は有効需要の原理を「方程式」で表すか、「恒等式」で表すかの違いに集約されることなどを解き明かしている。
 
 
1. 数学の論理の源泉
 神は存在するのか(古代イスラエル人の宗教)
  → 古代ギリシア人の「存在問題」(論理学)へ
 
 「古代イスラエル人は宗教の天才であった」(M.ヴェーバー
  → ユダヤ教キリスト教イスラム
  (歴史を支配する唯一独立の絶対的な主[絶対的人格神]との契約 ←→ ノアの洪水、ソドムとゴモラ
 
 「はじめにロゴスあり」(第一ヨハネ書)
 
 神と預言者との論争
 
 アリストテレス形式論理学
 
 ギリシアの三大難問題(定規とコンパスを用いて)
 (1) 角を3等分せよ
 (2) 円と等面積の正方形を作れ(円積問題)
 (3) 形が同じで体積を2倍にせよ(立方円積問題、デロス問題)
   →これらはみな不可能であることが判明
 
 「n次方程式は必ず根を有する」(ガウスの定理)→ 複素数
 「5次以上の方程式は代数的には解けない」(ガロアの定理)
 
2. 数学は何のために学ぶのか
 国際法 …ドイツ30年戦争(1618〜48)後の「ウェストファリア条約」(1648)
 アリストテレス形式論理学
   同一律
   矛盾律
   拝中律
 
   背理法
 
 ロバチェフスキー(1792〜1856):非ユークリッド幾何学
 
3. 数学と近代資本主義
 「近代資本主義を生むのは目的合理性の論理である」(M.ヴェーバー
 
 キリスト教が生んだ所有権の絶対性
 
4. 数学の論理の使い方
 トマス・アクィナス(1225〜74)は背理法を用いて神の存在を証明
 
 「現代の考え方からすれば、ユークリッドの空間以外にいくらでも違った構造を持つ『空間』を創造し得るのであって、そのいずれかが真の空間であるかということは意味がない」(吉田洋一『零の発見』1956)
 
 幾何学研究法は、真理の発見から「模型構築」(model building)へ
 
 ファンダメンタリストの科学批判(メアリー・ベイカー・エディ 1821〜1910)
 
 pならばqである(p→q):
   pはqであるための「十分条件
   qはpであるための「必要条件」
 
 古典派(自由市場はベストである)
 
5. 数学と経済学
 ケインズ理論のエッセンスの有効需要の原理は方程式で表され、古典派のエッセンスの「セイの法則」は恒等式で表される
 
 「マルクスは、リカードの餌、釣針から釣竿まで呑み込んでしまった」(シュンペーター
 
 セイの法則:市場に出した品物はみんな売れる
       (供給はそれ自身の需要を作る)
 ←→ マルクス「商品はみんな貨幣に恋する。が、恋路はなめらかではない」
 
 古典派: 消費者が効用を最大にし、企業が利潤を最大にし、みんなが市場で自由に売買すれば、資源の最適配分がなされる
 
 クラウディング・アウト(閉め出し): 古典派の正しさの証明
 
 サムエルソン: 最単純ケインズ模型
 
 レオン・ワルラス(1834〜1910) 現代経済学の主唱者
 
 個人を富ます貯蓄は経済(全体)を貧しくする: 合成の誤謬
 アローの不合理(ジレンマ、背理)