3千万手を「読む」コンピュータ

1秒に3千万手、将棋ソフト進化の証し 現役プロに勝利 (www.asahi.com 2013年03月31日12時01分)
 
 将棋の現役プロがコンピューターソフトに初めて敗れた。将棋ソフトの開発が始まって約40年。これまでは形勢を判断する力に勝る人間の強みが上回ってきたが、プログラムやマシンの著しい進歩を印象づけた。
 
 この日の対局は、序盤から定跡を外れ、佐藤慎一四段(30)が想定していなかった展開に。その後は大熱戦となった。1秒間に3千万以上の局面を考えられるソフト「ポナンザ」が、終盤で佐藤四段陣の守りの弱点を巧みについて襲いかかり、そのまま押し切った。
 
 佐藤四段は2008年、年齢制限ギリギリでプロ入りした苦労人。対局前日の自身のブログで、この1週間の不安な気持ちを「真っ暗な闇に包まれそうになったりした」と振り返り、「応援してくれる人の為(ため)、自分の為に、絶対勝つ」と書き込んだ。和服の正装で臨んだが、及ばなかった。
 
 終局直後、しばらく無言の後、「もう少しやれたと思うが、これが実力」「急に手が見えなくなった」と言葉を絞り出した。その後の会見では「数手前から狙いを秘めて指す人とは違い、コンピューターはその局面での最善手を探していると感じた。“線”と“点”の違いがあると思う」と語った。
 
 将棋などのゲームを題材としたソフト開発は、人工知能の研究の一環として進められてきた。チェスでは、1997年に世界王者がソフトに敗れている。だが、将棋ではプロのレベルになかなか届かなかった。取った駒を使える将棋の複雑さが壁となってきた。
 
 しかし、ソフトの実力はこの10年ほどで大幅に上昇した。プロの棋譜を手本にして各局面をより効率的に点数化し、正確に形勢を判断する手法が確立されたからだ。昨年の「第1回電王戦」では、既に引退していた米長邦雄元名人(故人)がソフト「ボンクラーズ」に敗北。今年は現役棋士が登場することになった。
 
 今年の第2回電王戦に出場した棋士には、普段の対局以上の重圧がのしかかった。会見で佐藤四段は「自分が負けると、他の先生に迷惑がかかるという気持ちがあった。しかし、プレッシャーからミスが出たのではない」と話した。
 
 開発者らにとって現役プロからの白星は長年の目標だった。対局直後、ポナンザの開発者、山本一成さん(27)は「勝ったのは光栄だが、この一戦は運が味方した」と目を潤ませた。
 
 だが、素直に喜べない面もある。対局前、自らもアマ強豪の山本さんは「勝負なので勝ちたい。しかし、棋士を尊敬する気持ちもあるので複雑だ」と語っていた。
 
 山本さんは会見で「この国の情報科学にとって、偉大な一歩だと思う。ハードウエアとアルゴリズムの進化をミックスさせた結果だ。ただそのコンピューターとここまで戦える修練を積んだ人間というのはどれだけレベルが高いのかも実感した」と述べた。
 
 コンピューター側にとって歴史的な勝利だが、まだプロを超えたわけではない。コンピュータ将棋協会の滝沢武信会長(61)は「このレベルまで達したのは感慨深いが、まだ弱点もある。しばらくは互いに勝ったり負けたりの状況が続くのでは」とみる。
 
 電王戦の第1局は、18歳の四段が別のプログラムに勝った。第3局以降は五段(25)、元王座の九段(48)、現在A級に所属する八段(39)が出場する。