死のダイブ

寄生生物巧みな支配 宿主を改造、死のダイブに導く (2013年03月04日)
 
 「寄生」といえば、生物にとりつき栄養をもらう様子を想像するかもしれない。それだけでなく、寄生した生物が自分に都合がよいように、寄生される側の体を改造したり、操ったりしていることがわかってきた。海外ではそうした操られた生物を「ゾンビ」と形容することもある。しかし、まだなぞの部分が多い。
 
 カニは腹部が丸いのがメス、とがっているのがオスだ。だが、フジツボの仲間「フクロムシ」に寄生されたオスは腹がだんだん丸くなり、メスっぽくなる。しまいには、メスのカニがするように腹部をパクパクさせて、腹の中で育ったフクロムシの子どもを海に放つ。
 
 熊本保健科学大の高橋徹教授が調べたところ、カニの体内に侵入したフクロムシは消化管の周りにとりつき、繁殖に必要な器官や神経を破壊していた。高橋教授は「フクロムシは栄養を奪うだけでなく、カニがオスらしい体つきになるための器官も壊している」と話す。
 
 オランダの研究で、寄生バチに産卵されたイモムシは体を食べられてしまうにもかかわらず、寄生バチを守ろうとすることがわかった。イモムシの体を食べて外に出てきたハチの幼虫はさなぎになる。イモムシはさなぎになったハチから離れようとせず、天敵が近づくと体を振ってボディーガードのように追い払う。イモムシが守らないさなぎでは、天敵に食べられてしまう捕食率が4割近いが、守られた場合は2割以下だった。イモムシはハチが羽化した後、息を引き取る。
 
 アマゾンのジャングルでは、細菌がアリに寄生してアリを「ゾンビ」にする。細菌はアリに乗って移動、目的地で殺して苗床にする。世界中に分布するマイマイガの幼虫に寄生するウイルスは、幼虫を木の高いところに登らせる。幼虫の体内を溶かして体に穴を開け、溶けた体をまき散らし、新たな幼虫に感染する。
 
■行動操り生態系に影響
 
 ビーバーが造るダムのように、生物が自己の生存に有利に変えた環境を「延長された表現型」という。「利己的な遺伝子」の著者、英国の生物学者リチャード・ドーキンスが提唱した。寄生生物が操る宿主の体も延長された表現型だ。
 
 「ゾンビ」が他の生物へ影響を与えて生態系を変えることもわかってきた。
 
 秋の森では地上で暮らすバッタの仲間、カマドウマが自ら次々と川に飛び込む奇行が確認されている。このカマドウマの体内を調べたところ、ハリガネムシが寄生していた。
 
 ハリガネムシは水中で産卵し、カゲロウなどの水生昆虫に寄生する。成虫になり陸に上がった水生昆虫は、カマドウマに食べられる。すると、今度はカマドウマに寄生してその中で大きくなる。最後は水中で卵を産むためにカマドウマを川に飛び込ませるようだ。
 
 京都大の佐藤拓哉特定助教ハリガネムシが生態系に間接的に与える影響を調べている。渓流魚の食事を和歌山県で調べたところ、6割がカマドウマだった。川の周りに網を張り、カマドウマが川に飛び込めないようにすると魚は水生昆虫やヨコエビをより食べるようになった。
 
 水生昆虫やヨコエビは川底の藻類を食べ、落ち葉を分解する。カマドウマが飛び込まないと藻類が増え、落ち葉の分解が遅れ、生態系が変わった。佐藤さんは「ハリガネムシが森と川の生態系をつなぐ役割を果たしている」という。
 
■身繕いで対抗するアリ
 
 宿主もだまっていない。アリなど多くの仲間が群れて暮らす社会性昆虫にとって、巣の中に病原体が入り込んでしまえば全滅の危険にさらされてしまう。
 
 アリは病原菌からギ酸や抗生物質などで身を守る。岐阜大の奥野正樹特別協力研究員の研究によると、病原菌を接種した仲間同士では自分よりも他のアリの身繕い(グルーミング)をしていた。グルーミングは仲間を識別するための行動として知られていたが、奥野さんは「寄生への対抗手段としても重要だ」と話す。
 
 シロアリでもグルーミングで寄生に対抗している。京都大の柳川綾助教によると、病原菌が付いたシロアリを1匹ずつ離して飼育すると5〜8割は体表に病原菌が残ったが、集団で飼育すると病原菌はほとんど残らなかった。触角を切りとると病原菌をなかなか見つけられなかったことから、触角が見つけるのに重要とみられる。柳川さんは「シロアリが病原菌を見つける手がかりをなくせば、効率的な駆除法の開発につながる」と話す。
 
 様々な寄生生物が研究されているが、形態や行動の観察が多く、未知の領域も多い。産業技術総合研究所の生物共生進化機構研究グループ長の深津武馬さんは「現象の報告は多くても、メカニズムはほとんど解明されていない。遺伝子研究やデータの積み重ねが理解を深める」と話している。