極めて平凡な便り

漱石伊藤博文暗殺に強い驚き 全集未収録の寄稿発見 (www.asahi.com 2013年1月7日05時39分)
 
 夏目漱石伊藤博文の暗殺を知った時の驚きを、旧満州中国東北部)の「満州日日新聞」に寄稿した文章を作家の黒川創さんが見つけた。「漱石全集」(岩波書店版)に未収録で、研究者にも知られていなかった。
 
 寄稿文を取りこんだ黒川さんの小説「暗殺者たち」が7日発売の「新潮」2月号に掲載される。
 
 漱石は1909年9〜10月に旧満州と朝鮮を旅行した。寄稿は「韓満所感」の題で11月5、6日、上下2回に分けて満州日日新聞に掲載された。分量は400字詰め原稿用紙にして計7枚。伊藤は漱石が帰国した後の10月26日、旧満州ハルビン駅で朝鮮の独立運動安重根に銃撃された。
 
 「韓満所感」は「……二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈爾賓(ハルビン)で狙撃されたと云ふ號外が来た」と書き出す。「公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前に余の靴の裏を押し付けた所だから……強い刺激を頭に受けた」
 
 漱石は世話になった南満州鉄道(満鉄)理事やハルビン総領事が居あわせて負傷したことや、学生時代からの友人である満鉄総裁が伊藤を抱きかかえたことに驚いている。ただ、事件に対する論評は控え、「極めて平凡な便り丈(だけ)に留めて置く」と記した。
 
 同紙は満鉄傘下の新聞で1907年創刊。合併・改題を経て敗戦の45年廃刊。黒川さんは韓国で2010年に開かれた光州事件関係のシンポジウムで安重根の資料集に「韓満所感」の「上」が収められているのを発見。国立国会図書館が所蔵するマイクロフィルムで「下」も確認した。
 
 伊藤暗殺の翌年、漱石朝日新聞に連載した小説「門」には、主人公が号外を読み、「おい大變だ、伊藤さんが殺された」と妻に告げ、後日「殺されたから、歴史的に偉い人になれるのさ」と語る場面がある。黒川さんは「この突き放したような見方を韓満所感にも感じる」と話す。
 
 「漱石全集」元編集者の秋山豊さんは「漱石の文章がまとまって見つかるのは珍しい。満州日日新聞にはほかにも寄稿しているかもしれない」と話している。