秘仏と秘宝をめぐるエセー

いにしえに、問いかける 綿矢りささんと京都の寺院巡り (www.asahi.com 2012年10月29日03時00分)
 
 ふだんは公開されていない千年の都の秘仏・秘宝を披露する「京都非公開文化財特別公開」(11月2〜11日)。この秋は、21カ所の寺や神社が参加します。京都出身の作家・綿矢りささん(28)と一足早く、二つの寺院を訪ねてみました。
 
■廬山寺
 
 《天台宗中興の祖・元三大師(912〜985)が開いた廬山寺。1573年、紫式部の邸宅跡(京都市上京区)に移ってきた。源氏物語ゆかりの庭がある》
 
 わあ広い、絵のように見えますね、廬山寺の庭。今にも吸い込まれそう。千年前、源氏物語が生み出されたんですね。紫式部のお墓(京都市北区紫野)には行ったことがありますが、源氏物語を書いたとされる地に来られるなんて。
 
 京都御所に近く、緑に恵まれている。雨音も静けさを邪魔しませんね。私は作品を書くとき、部屋に音楽を流しています。紫式部のころは音といえば鳥の鳴き声とか雨音とか。この静かな環境で、あれだけの小説を書こうと思ったきっかけは何だったんでしょう。
 
 このお寺には、おみくじを発案した元三大師の像もあるんですね。京都に遊びに来る友達はおみくじを引くけど、私は見ている感じかな。でもやってみよう。末小吉……。ちょっぴりの吉かあ、大切にしないと。
 
■安楽寿院
 
 《平安末期、院政を敷いた鳥羽上皇が創建した安楽寿院(京都市伏見区)。上皇が朝晩拝んだとされる阿弥陀如来坐像(重要文化財)が本尊だ》
 
 あまりにもきれいに金色が残り、900年も昔に作られたとは思えない。表情も穏やかで、体つきも柔和。これだけ間近で見られるなんて、すごい迫力。
 
 こうして静かに対面していると、「仏さまと二人きり」という感じがします。神々しいというか、畏れ多い。今夜、夢に出てきそう。胸にある逆向きの「卍」もすごく気になります。多くの仏像にはついてないですよね。
 
 鳥羽上皇お一人のための仏さまなんですよね。戦乱の時代、自らの死後のことだけでなく、都の平安も願ったのかな。その後、少人数で大切に守られてきた900年間を想像すると、ミステリアスですね。
 
■古くて新鮮、魅力的です
 
 《ほかにも19の寺や神社で秘仏・秘宝に出会える》
 
 報恩寺(京都市上京区)の「鳴虎図」は、躍動感がありますね。毛は逆立っていて本物と見間違いそう。遠くから見ればフワフワ、近くから見ればゴワゴワ、ガオー。おなかがすいているのかな、今にも飛びかかってきそうです。
 
 城南宮(同伏見区)の「曲水の宴図屏風」は、みやびですよね。杯が小川を流れてくる間に和歌を詠む。すてきな遊びやなって思います。のんびりした時の流れ、京都っぽい。
 
 京都で育った私にとって、お寺は縁日や友達と話しながら行く場所でした。伝統的なものは独特な重苦しさがあって、特に高校時代は避けていましたね。でも大人になった今、京都の街並みが落ち着きます。
 
 京都を訪れる若い人が増えていますよね。知識の欲求もあるでしょうが、古くて新鮮なものを目にすることで気持ちが切り替わるのかな。秘仏もいろいろな時代の人の目に触れてきた。そうした歴史に思いをめぐらせるのも楽しいと思います。