木田元 『哲学は人生の役に立つのか』

 技術にはそれ独自の論理があり、それに従って自己展開していく。どこまでも自己を分化させ、自分のもつすべての可能性をとにかく現実化しようとし、その結果が人間にとって有益であるか有害であるかなどはまったく顧慮しない。技術とはそういったものではないかと思うのです。 (p.32「『幸福』なんて求めない」)
 
 口述筆記による、初学者向けの柔らかいエッセーながら、3.11以後に改めて本書を読むと、哲学者が到達したその洞察の根源的な深さに驚かされる。
 戦後、焼け跡の東京でテキ屋の手先や闇屋をしながら家族五人の生活を支えた話。農林専門学校でのモラトリアム。ドストエフスキーキルケゴールハイデガー。思いきり遊び、思いきり学ぶ。徹底的な語学学習、むさぼるような研究生活。エネルギッシュでありながら、どこか繊細な精神が流れている。希望の気持ちが湧き上がり、思わず木田先生の門を叩きたくなる、痛快無比の一冊。