不気味な「怪物」と向き合う営み

出会い求める孤高の作家 丸山健二 (www.asahi.com 2011年6月2日11時50分)
 
 孤高の作家丸山健二(67)が新時代に挑んでいる。エッセー、写文集、小説と3作品を連続刊行する一方で、ブログやツイッターも始めた。商業主義に背を向け、良い作品は口コミだけでも読まれ続けると言っていた姿勢から一転、この春からは新たな読者との出会いを目指している。
 
 「(自作を)広めるための努力をしなければと思ったのは、テレビに出演したとき、『初めて読んだら面白かった』とディレクターに言われて驚いたから。丸山の小説は一度は読んだけど暗いし、重いし、もう読まないという人が多いと思い込んでいた」
 
 他の作家とは交わらず、長野県大町市で庭造りを友として硬質な作品を生み出すスタイルは変わらないが、本を取り巻く状況が変わった。
 芥川賞受賞作『夏の流れ』(講談社文芸文庫)の売れ行きは現在、年間数百冊ほど。「何とかしなければと思ったところに、3作品の出版社が会社の枠を超えて宣伝などで協力してくれることになった。“私”が最もストレートに出ている庭造りのエッセーから入ってもらい、写文集を通して世界観を感じてもらえれば、小説の入り口になると考えた」
 
 4月下旬から始めたツイッターは、この1カ月、ほぼ毎日発信してきた。例えば、「『怒れ、ニッポン!』。国民に怒って欲しくない輩は、頭を低くしたポーズをとりながら、怒りが持続力を失う時期を読み、それを待っている。諦めのため息を漏らす回数が増えてゆく頃合いを見計らっている」。
 衝突を恐れず、言い切る。「今は小説でも癒やしのための癒やしというようなものしか流通しない。私は人生において大切なことだけを言おうとしてきた。庭造りから自然と人間の本質を学んだからこそ、震災の前後で私の作品はまったく変わっていない」
 
 ドイツの詩人ヨハン・ペーター・ヘーベルの詩に「われわれにとって何かもっとよい未来があるにちがいない」という一節がある。それに続くことばを、丸山は今回出版した庭造りをめぐるエッセー集の題名にとった。『さもなければ夕焼けがこんなに美しいはずはない』(求龍堂
 
 写文集『草情花伝』(駿河台出版社)は、自宅の庭の花の「本当に美しい一瞬」を自ら撮影し、文章を添えた。
 「精神の働きを乱してしまうほどの忌まわしい人生と遭遇した際(中略)/間違ってもその原因を作った自分を責めたりせず/人生をただ一度のものと大げさに解釈することをやめ/敢えて腑抜けのごとく呆然としているうちに/その最大の難関はいつしか遠のき/さもなければ取るに足りないことに変わっている/花々はそうしている」
 
 自然のなかに情緒ではなく、哲学と宇宙を見る目は小説『眠れ、悪しき子よ』(文芸春秋)にも生きている。
 「自分の父と母を題材に、私小説ではない形で人間の欲望と本能に迫った。人間は不気味な怪物だからこそ、感動もそこから生まれてくる」
 
 毎日原稿用紙4枚ほどの執筆は欠かさない。「腕を上げようと思ったら、毎日書かなければいけない。まだ書き方さえも分からない題材があるから、死ぬ最後の日までレベルアップを目指す」