福田和也 『教養としての歴史 日本の近代(下)』

 二・二六事件後、北一輝とともに銃殺された西田税が二十歳のとき書いた、「無限私論」という日記があります。西田は陸軍士官学校を優秀な成績で卒業しながら、肋膜炎によって退官をよぎなくされ、国家主義運動に参加していくのですが、その療養中に書いた日記は、人生の意味を求め理想を追求する言葉で溢れています。
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 西田の発想は、阿部次郎の『三太郎の日記』や倉田百三の『出家とその弟子』など、大正教養主義そのものです。大正期に、生きる意味や人生の理想を求めた世代が、昭和になって社会の中核を占めた時、「国体」の明徴を求め、強力な推進力で、日本の政治から現実性を奪い、精神主義的、(国体の上での)理想主義的な方向に引っ張っていってしまう。
 そういう意味では、国体明徴運動、天皇機関説批判とは、すぐれて昭和的なデモクラシーに他ならなかったのです。誰もが人生に理想をもつべきだ、死の意義を知らされるべきだ、というような。

(略)
 今日、社会の中枢を占めているのは、「自分さがし」や「自分らしさ」、「個性」に執着した世代です。まったく無縁にみえて、「自分らしさ」という発想は、実は「国体」とたいして変わらないのではないか……と、私は危惧しています。
 それは、日本人が現実感覚を失っていく徴候に他ならないから。

(「あとがき――『敗戦』は悪くない結末だった」 p.204-5)
 
 下巻は1923年9月1日の「関東大震災」をまえがきとして、日本が五大国の一角として国際社会に認められた1919年6月28日のベルサイユ条約から、アメリカとの戦争、そして敗戦までを早足で描ききったもの。
 
 批評家・福田和也が「近代」という時代をどう捉えているのかを知るには、刊行中の著書『昭和天皇』を繙くべきだろう。ただ本書では、できれば近代の通史「ダイジェスト」よりも、「あとがき」に見せた苦い毒のような「日本の近代」に対するダイレクトで危機的=クリティカルな批評を展開してほしかったのだけれども。