120年目のエリス

舞姫は15歳」説に新証拠 刺繍用型金にイニシャル (www.asahi.com 2010年11月15日17時43分)
 
 31歳人妻説も出されていた森鴎外の小説「舞姫」の主人公エリスのモデルについて、15歳少女説を補強する証拠をテレビディレクターの今野勉さん(74)が見つけた。鴎外のドイツ留学体験に基づく恋物語の発表から今年で120年。女性から鴎外に贈られた刺繍用の型金の分析などから判断したという。
 
 この女性は1872年12月16日生まれのアンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルト。
 エリスのモデル女性は、鴎外の帰国4日後の1888年9月12日に船で横浜に着き、鴎外と連れ添うことを反対されて1カ月後に帰国したとされる。当時の横浜の英字紙に載った同日の乗船名簿に「ミス・エリーゼ・ヴィーゲルト」の名があることが1981年に明らかになっていた。
 89年には、この名前に似たベルリンの「エリーゼ・ワイゲルト」がモデルとの説が出された。皮革商店主の妻で31歳、2人の子供がいた。
 これに対し、ベルリンの大学で客員教授を務めた植木哲・朝日大教授(民法)が2000年、当時の戸籍簿や不動産登記簿などをもとに、ルイーゼ説を提起していた。
 
 今野さんは1978年に鴎外のドラマを演出した際、ハンカチなどにモノグラム(イニシャルを組みあわせた記号)を刺繍する際に使う型金を、鴎外記念本郷図書館(東京都文京区)で見た。鴎外の本名森林太郎の頭文字R・Mのほか、クロスステッチ部分からWとBは読み取れたが、解明しきれなかった。
 今年7月に現地調査のためドイツを訪れた際、ステッチ部分を拡大してベルリンの博物館に見てもらった。W、BのほかAとLがあり、ルイーゼのイニシャルと一致することが確認された。鴎外が次女に杏奴(あんぬ)、三男に類(るい)としたのはルイーゼの名から取ったとの見方で、今野さんと植木教授は一致している。
 
 ルイーゼ説は、乗船名簿の名前とのずれや、15歳の少女が一等船室をなぜ使えたのかが疑問とされてきた。しかし、今野さんが当時の旅券制度法を調べたところ、パスポートは不要で乗客は自由に名前を記せたことがわかった。高額の渡航費も、ルイーゼの祖父が所有していたアパート十数室の家賃2カ月分で賄えることを突き止めた。
 
 ルイーゼはガラス職人と結婚し、78歳で亡くなった。今野さんは「彼女の父母は宗派の違いを乗り越えて結婚した。母は若死にしたが、15歳の若さで日本に行くという娘を父は後押ししたのだろう。エリーゼという名は鴎外とルイーゼの間で決めた愛称だったのでは」と話している。
 今野さんが演出したエリスの実像を追う番組「鴎外の恋人」は19日夜8時からNHKのBS―hiで放送される。