依田高典 『行動経済学』

 行動経済学とは、人間の限定された合理性を中心に「最適な行動からの乖離(アノマリー)を経済分析の核にすえる」学問のことである。よく知られるように、現代の主流派経済学は「ホモエコノミクス」(超合理的人間)を仮定して理論づけられているが、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ハーバート・サイモンが指摘したように、人間の合理性には「限界」がある(=限定合理性)。本書では、カニッツァの三角形に代表される「錯視」やルビンの壺のような「多義的図形」を引き合いに出しながら、意思決定における認知バイアス=「ヒューリスティクス」の仕組みを紹介。半面、瞬時に判断を迫られる局面では、こうしたヒューマンエラーも、人類の生存戦略上、必要不可欠であった面は見逃せないだろう。
 
 第2章「時間上の選択」におけるフィッシャーの無差別曲線と割引率、時間選好率の陥穽(割引効用アノマリー)、ダブルバインデッドな決定不能問題も面白い。一方、ニューロエコノミクスの進展に伴い、「感情が人間行動に果たすべき役割の解明」も進んでいるという。
 
 第3章「不確実性下の選択」では、ゲーム理論で知られるオスカー・モルゲンシュテルンジョン・フォン・ノイマンの期待効用理論、トヴァスキー/カーネマンのプロスペクト理論ケネス・アローの不可能性定理(選択肢が3つ以上あるとき、すべての個人の選好を「民主的」なルールで集計する社会的選好を導くことはできず、誰か特定の個人=独裁者の選好を反映したものにならざるを得ないというもの)が紹介される。
 
 第4章「アディクション」では、行動経済学のアプローチの一例として、喫煙行動を経済学的に考察。時間選好率と危険回避度のコンジョイント分析など、統計学的アプローチが面白い。一方で、タバコ税を上げることにより喫煙者を禁煙に誘導する「リバタリアンパターナリズム」や、人間の意思決定を左右させることのできる「フレーミング効果」など、可否を容易に判断しかねるような問題も横たわっていることが分かる。
 
 第5章「ゲーム理論と利他性」(の最後通牒ゲームや独裁者ゲームの実験結果)が示すように、自分の効用には他人の利得が影響する、とりわけ「自分の利得と他人の利得の差が重要なのである」といった示唆には改めて考えさせられる。