立花隆+佐藤優 『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』

 かつて、安原顯が編集していた文芸思想誌『リテレール』(メタローグ)が『読書の魅惑』『わが読書』といった特集号を組み、好奇心をそそる味わい深いブックガイドとして愛読した記憶がある(安原の晩年は村上春樹との一件でファンにとっても不幸だったが)。最近で言えば、定番の『東大教師が新入生にすすめる本』『同2』のほか、松岡正剛『ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝』(求龍堂)や四方田犬彦『人間を守る読書』(文春新書)、米原万里『打ちのめされるようなすごい本』(文春文庫)などが印象に残るところだが、立花隆佐藤優の『ぼくらの頭脳の鍛え方』も(もう少し対談部分にボリュームが欲しかったが)それなりに楽しむことのできた一冊だった。
 
 立花の蔵書はおおよそ7、8万冊で、佐藤は約1万5千。個人で所有できるボリュームを遙かに超えている。毎月費やす本代は、立花が十数万円、佐藤は約20万。評論家として活躍する2人だから特に驚く数字ではないが、佐藤は外交官時代も月10万が本代で消えていたという。
 
 いきなりガイトンの『臨床生理学』や『ネッター解剖学アトラス』が飛び出し面食らうが、脳と読書・独自との相関を皮切りに、立花、佐藤「らしい」ブックガイドの披瀝が続く。前半、蓑田胸喜上杉慎吉で盛り上がりを見せるところなど、立花著『天皇と東大』の復習編という感じで興味深い。マルクス新左翼関連の話も何度となく繰り返し持ち出される。そんな中、ユダヤ教の秘密の教えであるカバラ思想の「神の収縮論」が佐藤の口を飛び出すのも面白いところだ。
 
 佐藤の官僚論(「うまくやれ」という言葉の中に、ものすごい暴力性があるんですよ…p.174)も相変わらず面白いが、コリン・ブルース『量子力学の解釈問題』(講談社ブルーバックス)、池内了『物理学と神』(集英社新書)、『新・生物物理の最前線』(講談社ブルーバックス)など、物理、生物、宇宙関連の立花の造詣(p.186「生命現象の本質の中に死というものがある」など)にもう少し触れたかった感も。
 
 教養の全体像をつかむには、巨大書店を隅から隅まで回るべし。もっともな結論だが、(1階から8階まである新宿・紀伊国屋本店や三省堂神保町本店、丸善丸の内本店などをイメージした時に)これを真の意味で実行できる人間など、ぼく自身を含め恐らく100人に1人もいないだろう。