Haruki Murakami?

ノーベル文学賞選考の地から (朝日新聞 2009年9月19日、21日=抄録)
 
■地域度外視、芸術性で判断
 ノーベル文学賞の季節が近づいてきた。選考するスウェーデンアカデミーは今年から事務局長が(ホーラス・エングダール氏から)若手のペーテル・エングルンド氏(52)に代わった。
 ノーベル文学賞の選考ではまず、世界中の文学・言語学の教授、作家協会、過去の受賞者などから推薦を募り、年頭に数百人のロングリストを作成する。同アカデミーのメンバー18人のうち、ノーベル委員会を構成する5人が鍵を握る。5人はロングリストからショートリスト5人に最終候補者を絞り込み、夏の間に作品を読んで意見書を提出する。9月中旬から18人のメンバーで議論を行い、最終的には投票で受賞者を決める。なお、初めてショートリストに入った年には受賞の資格はなく、2度目以降でないと受賞できない。
 
 5人のノーベル委員の一人が、07年から務めている女性のクリスティーナ・ルグンさん(60)。詩人、劇作家、評論家で、自ら主宰する劇場を持つ。ノーベル文学賞の要件は「芸術性の高さ」と言う。「どういう文学が質が高いかを定義するのは難しいが、私にとっての基準は、言語的な明確さ、書かれる必然性、美しさなどです」
 
■欧州勢以外の名挙がる
 「ノーベル文学賞の受賞者が近年、ヨーロッパに偏っているのは恥ずかしい」。スウェーデンのジャーナリストや日本文学研究者らに注目している日本作家を尋ねると、もっぱら「ムラカミ・ハルキ」の名前が挙がった。
 村上作品の大半を刊行しているノーシュテド社の担当編集者、ホーカン・ブラービンガー氏は、「ムラカミは新刊を出すたびに、前の作品も売れるまれな海外作家。いずれ全部刊行したい」と語る。中心的な読者層は18歳から35歳くらいまでの女性。単行本が数千部、ペーパーバックになると1万〜2万部が売れ、人口が1千万人に満たない同国において「外国の純文学ではキャロル・オーツと並んで最もよく読まれている」という。
 村上作品の翻訳者はデューク・エイコさん、ユキコさん母娘。ユキコさんは「楽々と読めるようで、文章が密。翻訳して言葉を並べ替えてみると、読点の位置すら動かせないことがわかる」と語る。エイコさんには最近、スウェーデンの代表的詩人トランストレーメル氏から電話があり、「『ねじまき鳥』は本当にいい作品。ノーベル賞の立派な候補だろう」と言われた。
 
 受賞に「近い」とみられているのは、欧州圏の下馬評では米国のトマス・ピンチョンドン・デリーロイスラエルアモス・オズらの名前がささやかれる。今回、スウェーデンでは、地元のトランストレーメルのほか、米国のキャロル・オーツ、カナダのマーガレット・アトウッドの名が挙がった。
 ストックホルム大学の文学研究者、ユリアンバスケス氏は「ムラカミは西洋で重視されるメタファーの問題に一石を投じている。一派をつくるパイオニアといえる作家だ」と注目する。「彼の小説では、善と悪の間でメタファーとしての自己が、さまざまにアイデンティティーを変えながら人生の目的のようなものを探している。西洋的メタファーと日本的な言語のマジック、文化的に異なる二つのコードで編み出された作品は私たちに驚きを与えます」