芥川龍之介 『歯車』

 手許にある芥川の新潮文庫版『河童・或阿呆の一生』の奥付は「昭和四十九年五月十日 十一刷」となっている。中学一年の夏に買った一冊で、ぼろぼろになったその本は、161ページから164ページまで、4ページ分が無線綴じから剥がれている。
 その直前、163ページの一節、
 
 ……しかし年かさらしい女生徒の一人は僕の側を通る時に誰かの足を踏んだと見え、「御免なさいまし」と声をかけた。彼女だけは彼等よりもませているだけに反って僕には女生徒らしかった。僕は巻煙草を啣えたまま、この矛盾を感じた僕を冷笑しない訣には行かなかった。
 
 に鉛筆で傍線が引いてある。
 
 レエン・コオト、All right、タンタルス朱舜水、モオル、ドストエフスキイ、赤光…
 
 どうもした訣ではないのですけれどもね、唯何だかお父さんが死んでしまいそうな気がしたものですから。……
 
 それは僕の一生の中でも最も恐ろしい経験だった。7月24日は芥川龍之介・没後117年目の命日、『河童忌』である。