木田元 『なにもかも小林秀雄に教わった』

 思考の訓練には、よく考えて書かれた本を最初から最後まで1行ずつ丁寧に読み込むことです。哲学書では、たとえばカントの「純粋理性批判」やヘーゲルの「精神現象学」を手に、思考を追体験するのです。天才は別ですが、われわれ凡俗は追思考によって考えることが鍛えられる。そんな訓練をしてきました。
 
 若い同僚らと33年間続けた読書会では、難しい論文ではなく、哲学者メルロポンティやハイデガーの講義録を読みました。読む訓練を積むと論文を書いても筋が通るようになり、文章も見違えるようにうまくなる。訓練を積んでいない人の論文は、本のさわりだけを集めたものが多いですね。

木田元「読む訓練積むと、文章も上達」 2009年4月13日 朝日新聞夕刊 『人生の贈りもの』)
 
 『闇屋の哲学者』木田元の思想的遍歴。今さら小林秀雄でもあるまいし、ましてや保田與重郎など(「近代の超克」)戦後文学史からほとんど抹消されかけていたような思想家など、一部の好事家以外に誰が興味を惹くだろうか。しかし「教養主義」が終焉を迎える80年代初頭まで、小林秀雄の『考へるヒント』などは、三木清『人生論ノート』、吉川幸次郎『中国の知恵』などと並び、当時の中・高校生にそれなりに読まれていたのだ。