“タリバーン化”するヒンドゥー至上主義  歪められた「古代インド」への伝統回帰

ヒンドゥー至上」過熱  インドで反欧米・他宗教排斥 (2009年3月11日 朝日新聞 国際面)
 
 パブでの女性の飲酒やバレンタインデーのお祝いは許さない――インドでヒンドゥー至上主義集団が独善的な「インドの伝統」を振りかざし、欧米文化や異なる宗教の排斥を市民に過激な行動で押しつける例が相次いでいる。経済発展に取り残された層の不満も背景にあるようだ。
 
 「ふしだらな振る舞いをやめろ!」。南部カルナタカ州にある人口約40万の新興都市マンガロールのパブ「アムネシア」を若者40人が襲ったのは1月24日夕。酒を飲んだり踊ったりしていた女性らを表に引きずり出し、暴行した。
 若者らはヒンドゥー至上主義集団「ラム・セナ(ラーマ軍の神)」のメンバー。「女性が飲み歩き、喫煙するのはインド文化に反する。夜は家にいるべきだ」と主張した。
 計29人が逮捕、31日に保釈された。すると2月5日、今度は「バレンタインデーに人前で愛を表現する男女はヒンドゥー寺院に連行して強制的に結婚させる」と宣言した。
 バレンタインデー前日の13日、州警察は混乱防止のために約400人を拘束。当日、カップルは外出を控えた。マンガロール市内で暴力はなかった。ふだん恋人がデートする公園やビーチは人影がまばら。所在なげにベンチに座る警官の姿が目立った。(略)
 
広がる経済格差 背景
 
 ラム・セナなどが掲げるヒンドゥー至上主義は、イスラム教やキリスト教などに根ざす文化や生活様式に比べ、ヒンドゥー教の方が優れていると考える。理想はイスラム王朝や英国に支配される前の「古代インド(ヒンドゥー)の伝統」への回帰だという。
 ヒンドゥー教徒若い女性がバスで異教徒男性と話しただけで、男女を引きずり下ろして糾弾。イスラム過激派のテロ続発への報復として昨年9月、西部マレガオンで爆破テロを起こしたとされるのも、ヒンドゥー至上主義者らだ。
 欧米文化も目の敵にする。特に男女の愛情表現や開放的な性表現に敏感で、「欧米文化がヒンドゥーの伝統にはないわいせつな内容を浸透させている」と主張する。
 だが多神教ヒンドゥー教は古代からのバラモン聖典や宗教儀礼のほか、土着の慣習や伝統まで幅広く含む。地域やカースト(身分階層)による違いもあり、「ヒンドゥーの伝統」を一言で表すのは難しい。性表現にしても古代インドでは「カーマストラ」という奔放な男女の性愛論書が編まれ、ヒンドゥー寺院に男女の合体像もある。
 このため、ラム・セナなどの思想や活動には「インドの伝統を理解していない。個人の意見を持つのは自由だが、暴力は許されない」(女性運動家のランジャナ・クマリ氏)との批判は強い。
 地元メディアは、過激な行動で市民を押さえつける至上主義者らを「ヒンドゥー集団のタリバーン化」と命名イスラム教の偏った解釈で、女性の教育や欧米文化の禁止を強要するアフガニスタン原理主義勢力になぞらえた。
 至上主義集団が活発化する背景には格差の拡大がある。インドでは90年代に経済が自由化され、欧米風の都会生活を楽しむ中・上流層が増える一方、発展に取り残された庶民も多い。特に仕事のない貧しい若者らが過激な行動に走りがちだ。若者らに共感する庶民層が増えているという。