モンブランを愛する

文豪は「モンブラン」がお好き 「作家と万年筆展」開催 (www.asahi.com 2012年02月17日)
 
 明治の文豪・夏目漱石からパソコンで執筆する平成の作家・角田光代まで、27人の作家の自筆原稿と愛用の万年筆を展示した「作家と万年筆展」が、神奈川県立神奈川近代文学館横浜市中区)で2月26日(日)まで開催されている。原稿用紙と万年筆は、ワープロやパソコンがなかった時代の、作家唯一の「商売道具」。肉筆の味わいや万年筆へのこだわりから、作家の素顔が読み取れる。
 
高級万年筆をばんそうこうで固定した井上靖
 
 夏目漱石が愛用したのはイギリスのデ・ラ・ルー社製「オノト」。1907年に丸善が輸入を始め、漱石は1912年に内田魯庵から贈られたものを愛用した。
 吉川英治の愛用は「ペリカン500NN」。『私本太平記』と『新・水滸伝』の執筆に用いられた。
 大佛次郎愛用は「モンブラン・マイスターシュテュック74」。朝日新聞に連載した『天皇の世紀』の1〜600回にこのペンを使ったことを、付属の箱に記している。
 現行製品で9万円ほどする「モンブラン・マイスターシュテュック」シリーズは、立原正秋早乙女貢開高健伊集院静など多くの作家に愛されてきたが、井上靖のものはおもしろい。自分好みに調整するためか、インク窓にばんそうこうを巻き付けて固定している。そのためキャップは閉まらず、インクが乾く間がないほど使い続けていたことがうかがえる。
 中野孝次の「モンブラン・ライターズエディション オスカー・ワイルド」は、中野の碁敵である作家・近藤啓太郎との対局で得た「戦利金」で買ったもの。自らの作品でそれを公表しており、『清貧の思想』とは違った一面を見せる。作家がのきなみ、モンブランを愛してきたことがよくわかる。
 
原稿用紙にも時代が
 
 原稿用紙にも時代や作家の個性が表れる。昭和40〜50年代には、編集者が作家から原稿を受け取り、そこに直接レイアウトやルビ指定を書き込み印刷所に入稿していた。何度も推敲してぐちゃぐちゃに直しを挿入する作家もいれば、完全原稿で渡す作家もいる。作家の名前を印刷したオリジナルの原稿用紙も増え、世界を飛び回った開高健は、なぜか茅ケ崎の自宅の住所と電話番号を刷り込んでいた。一方で広津和郎コクヨの市販品を愛用し、原稿用紙にこだわりはなかったようだ。
 井上ひさしの『吉里吉里人』創作ノートは、作品設定の見取り図などが精密に描かれ、文芸作品の「原稿」とは一線を画している。