小林誠+益川敏英 『いっしょに考えてみようや』

 南部陽一郎小林誠益川敏英ノーベル物理学賞受賞と同時に、「(自発的)対称性の破れ」「CP対称性の破れ」といったキーワードが一斉にマスコミに躍り出た。「なぜ物体は質量を持っているのか」という、およそ自明としか言いようのない質量の起原が、物理学的にいえば自然界の根源のなぞをなすアポリアであるという事実自体に、大いに驚かされたものだ。
 
 本書『いっしょに考えてみようや』は、宇宙の起源を解き明かす「小林・益川理論」の「入門書」というよりは、さらにその周辺の、理論屋たちの生きている現場の“空気感”を、きわめて平易な言葉で紡ぎ出したアンソロジーのようなものである。
 
 
(CP対称性の破れとは)プラスの電荷をマイナスの電荷に変え(チャージ変換)、同時にこの世界を鏡の中の左右が反転した世界に変えたら(パリティ変換)、元の世界とは同じにならない物理現象
→ なにか物理量をいじると、運動方程式の形が変わってしまって違う現象が起きてしまう(p.162)
 
 この説明を読んで、「360度回転させても元に形に戻らない」1/2のスピンを持つ電子の話を思い出してしまった。
 
 
 そのほか、益川氏と小林氏のそれぞれの人柄が偲ばれる、パネルディスカッションでの「困った質問」をめぐる一コマが面白かった(質問者は朝日新聞科学エディターの高橋真理子)。
 
――自然には不思議なことがいっぱいあります。たとえば、なぜ空間が三次元なのかとか、なぜ量子の重さは決まった重さなのかとか…(略)ご自身がいちばん不思議だと思っていることを、一つずつ挙げてください。
小林 これもたくさんありすぎて、どう言ったらいいかわからないけれども、漠然とした言い方をするなら、質量の起原ということにしますかね。
――益川さん、いかがでしょうか。
益川 挑発的に反対のことを言いましょう。不思議だというものはそれほどないと思うんです。どういうことかというと、その問いに対してはいくつかの問いができますよ。そうしたときに、この問いはいまの状況の下に答えなきゃいかん問題か、答えられるべき問題かといったときに、これはその設問自体、今、することに意味がない、という具合にはじいていくと、それほどそういうものはない(会場から笑)。(p.158-159)