疲弊するギリシャ

「2口吸ったら意識飛んだ」 粗悪薬物、ギリシャ蔓延 (www.asahi.com 2013年6月1日9時35分)
 
 緊縮策によって不景気が深刻化しているギリシャで、「シーシャ」と呼ばれる粗製の合成薬物が広がっている。1回分1ユーロ(130円)ほど。生活苦から逃れようと、安価な薬物にひとときの快楽を求める人々が増える一方、対策のための政府予算は削られている。
 
 パルテノン神殿のあるアテネ中心部の観光地区から車で10分ほど走っただけで風景は一変する。立ち小便とごみの臭いが漂う街角で、うわごとを口走る男たち。目の焦点は合っていない。外国人も多い。
 
 「経済危機で、街にホームレスや売春婦が目立って増えた。彼らにシーシャは広がっている」。薬物対策のNGO「ケテア」職員のエレーニさんは言った。
 
 シーシャ。中東で広く「水タバコ」を意味する言葉だが、ギリシャでは今、覚醒剤にバッテリー液やエンジンオイルを混ぜてつくられる粗雑な合成薬物の総称として使われている。
 
 ケテアによると、70種類以上が確認されている。多くが「自家製」だ。大麻やヘロイン、コカインなどのほかの薬物より、刺激が強い。しかも安い。
 
 混ぜものが多い分、体への悪影響は大きい。使用者は心臓発作や不眠に悩まされる。攻撃的になり、意識が混濁した状態で殺傷事件を起こす者もいるという。
 
 「シーシャは最悪だ。危なすぎる」。イラン出身のイスマイルさん(29)は、ケテアが運営するデイケアセンターでつぶやいた。
 
 煙草に混ぜて2口ほど吸っただけで意識が飛んだ。同居の兄弟に後で聞くと、4日間眠ることなく部屋でうめいていたという。
 
 「一人なら死んでいた」
 
 そんな体験をしながらも、薬物がやめられない。16歳の時にトルコから徒歩でギリシャに入った。縫製工場などで働いてきたが、経済危機で仕事がなくなった。2008年ごろまでは時給4ユーロ(520円)は得られたが、今は時給1ユーロ(130円)の仕事にありつくのがやっとだという。
 
 目の前の苦しさから逃れようと、多くの薬物に手を染めた。今は朝と夜にヘロインを使う。シーシャよりはましだと思う。「落ち着ける。自分には薬なんだ」
 
 シーシャの蔓延と、感染症の流行を防ぐため、ケテアは昨年9月から注射針の交換サービスを始めた。薬物常習者が持ち込んだ使用済みの注射針を、その本数だけ新品と交換する。
 
 注射の回し打ちによる感染症の流行を防ぐ。同時に接触を保つ中で、薬物の危険性を伝えていく。夜の街を巡回するエレーニさんは「彼ら弱者を敵視、蔑視して排除しても、問題は深刻化するだけだ」と話した。
 
■緊縮策、国連が警告
 
 「ギリシャの緊縮策は、雇用や健康などの面で人権を侵害している」。実地調査にあたった国連人権理事会のセファス・ルミナ特別報告者は4月末の会見で、こう警告した。
 
 ギリシャは2008年から6年連続でマイナス成長が続く。欧州連合(EU)と国際通貨基金IMF)の監視の下、財政再建のために採られた厳しい緊縮策が、不況に拍車をかけている。
 
 ルミナ氏によると、国民の10%以上が、1日の生活費が1ドル以下の極端な貧困状態にある。一方で、社会保障の予算は削られ、現在は3分の1が国民健康保険制度を利用できていない。ケテアへの補助金も減り、職員の解雇を迫られた。
 
 「欧州連合(EU)と国際通貨基金IMF)による緊縮策は社会の基盤を壊し、結果的にコスト増になっている。過去の他国の例から、彼らは前もって分かっていたはずなのに、現実を無視した」とケテアのプロプロス代表は力説する。
 
 人口1100万人のギリシャに今、ケアを必要とする重篤な薬物依存者が約3万人いる、という。薬物依存者を放置すれば、中毒を起こしたり、感染症を広げたりする。殺傷事件を起こす者もいる。それに対応するコストは、予防のコストの6倍以上だという。
 
 プロプロス代表は「国民心理の落ち込みは、第2次大戦ナチスドイツに侵略された時期に匹敵している」と話した。