もう一つの現実

ノーベル賞作家バルガスリョサ講演 「もうひとつの現実」力に (www.asahi.com 2011年6月28日)
 
 ペルーのノーベル文学賞作家マリオ・バルガスリョサ(75)が20日から26日まで日本に滞在、都内など各地で講演した。文学は欠点の多い世界を変えていくための原動力となると述べ、自作を振り返りながら文学が持つ力の意味を説いた。
 
 22日、東京大での講演テーマは「文学への情熱ともうひとつの現実の創造」だった。文学が描き出すもうひとつの現実には私たちすべての願望が入っており、現実の世界に足りないものを教えてくれると語った。
 「文学を楽しみのためだけのものと見なすのは誤りで、文学は私たちに現実の世界がうまく作られていないことを教えてくれる。批判的な精神を養い、権力に従うだけではない人を作るから、いろいろな体制のもとで支配したい人たちは文学に不信感を持つのです」
 
 また「文学は偏見への最大の防御になる」とも言う。「ことばのおかげで私たちは分かり合うことができ、過去の人たちがどう考え、どんな夢があったのかを知ることができる。文学は人間に共通のものがあることを示し、時間や空間を超えた連帯感を生み、肌の色や言語、宗教などの壁を超越できる視点をもたらす」
 
 バルガスリョサは1990年にペルー大統領選に出馬(落選)するなど積極的に政治参加し、ラテンアメリカの現実を批判的に描いた作品も多い。
 初期作品の成り立ちなどを語った21日のセルバンテス文化センター東京での講演では「私たちの世代は、作家は自分の時代にかかわらねばならないとするサルトルの考えを深く心に刻んでいた」と振り返った。
 
 体験した事実をもとにイメージを膨らませていく作風で、作品に一貫するのは権力や権力の道具としての暴力を使うことへの拒絶感だった。
 「10歳のとき父と初めて会い、それまで母と母の家族に甘やかされていた環境が一変した。厳しく、時に恐ろしいと感じる男のもとで暮らすことになり、私のからだのなかに独裁への拒絶感が芽生えたのです」
 
 会見で東日本大震災原発事故について話したときも「良い文学は生きるための助けになる。障害を乗り越える力を与えてくれ、人生の一部になる」と言い切る。作家の社会参加が問われなくなって久しい日本で、その真っすぐさがまぶしく見えた。