地上にはわれわれの墓がない

よみがえる田村隆一 戦後詩リード、全集完結 (www.asahi.com 2011年5月11日10時49分)
 
 二つの世界大戦を経験した20世紀の文明は多くの人を殺し、物を壊したが、もっとも破壊したものは「言葉と想像力」だった、と田村は考えた。戦争によって現代人の心は、廃虚と化してしまったと。この認識から生まれたのが、戦後思想詩の記念碑とされる初期の代表作「立棺」だ。
 
 「わたしの屍体を地に寝かすな/おまえたちの死は/地に休むことができない/わたしの屍体は/立棺のなかにおさめて/直立させよ/地上にはわれわれの墓がない/地上にはわれわれの屍体をいれる墓がない
 
 これまでの詩の言葉と想像力では表現しようもない「3・11」の惨状を体験した今、半世紀以上前の詩句が黙示録のように響く。
 全集を責任編集した大阪芸術大教授の長谷川郁夫さんは「萩原朔太郎が文明と悲痛に向きあったのに対して、田村さんは内にペシミズムを秘めながら陽気に向きあった。自己演出の才でのんだくれの無頼派と見せながら、実は誠実さの詩人だった」と語る。
 
 読みやすいように、各巻ごとに同時期の詩と散文が収められている。良い詩集を読めば血行が良くなり安眠できると、ベッドで詩集を読む習慣があった田村にならい、寝そべって読みたくなる。そして、田村が散文の名手でもあったことに気づかされる。たとえば、戦前の詩の否定から出発した田村と、朔太郎との意外な接点は興味深い。
 
 未刊行日記「モダン亭日乗」によると、田村は戦時中、明治大で朔太郎の詩の授業を聴講した。学期末試験の問題は「詩について感想を述べよ」。「帝国陸海軍ハ本八日未明、西太平洋ニオイテ米英軍ト戦闘状態ニ入レリ」という大本営発表を田村は引用し、「これ以上の詩的戦慄をあたえてくれる『現代詩』」はない、と答えた。採点は最高点に近かったそうだ。
 
 『田村隆一全集』全6巻(河出書房新社)は2万8350円。
 

 

田村隆一全集 1 (田村隆一全集【全6巻】)

田村隆一全集 1 (田村隆一全集【全6巻】)