太宰治のいた風景

思想家・吉本隆明さん 忘れ得ぬ 太宰治の独演会 (www.asahi.com [掲載]2011年3月27日)
 
(抜粋)
 
 行くと焼き鳥屋みたいなお店で腰掛けて外を見ている人が居ました。店の前を行ったり来たりしてから、心を決めて入り、「太宰さんですか」と聞くと、そうだと。わけを話すと「飲め」と酒を注いでくれて、ぽつぽつ話をしてくれました。今の文学は自分も含めてつまんない作品が多いと言うから、僕らもそういう感じを持っていると答えると、話がのってきました。よしもう1軒行こうとなって、2軒目では、文学的な考えが真ん中から響く話になりました。常連客と楽しそうに話す様子から僕が「太宰さんはつらいとか苦しいとか、ないですか」と聞いたんです。すると「俺はいつだって苦しいし、キツイんだ」と。その辺りから口がほぐれて、今の状況にどういう当たり方をすれば真理に突き当たるかという本質的な話を、本気で話してくれました。
 
 気持ちに響いてくる太宰の話を、僕はじっと聴いていました。徐々に太宰の独演会になり、こっちもあっちも酔っ払ってハイサヨウナラとなったわけです。戯曲の件は「断りなんていらない。そんなもの勝手にやっちゃえばいいんだよ」ってことで、僕らは招待状を送りますと言って帰りました。