神学的な議論

書評委員お薦め「今年の3点」 柄谷行人 (朝日新聞朝刊 2010年12月19日付)
 
(1)トーラーの名において―シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史 [著]ヤコヴ・M・ラブキン [訳]菅野賢治
 
(2)天使はなぜ堕落するのか―中世哲学の興亡 [著]八木雄二
 
(3)量子の社会哲学―革命は過去を救うと猫が言う [著]大澤真幸
 
 今年は宗教関係の本が目立った。社会主義ナショナリズムが勢いを無くしたので、宗教がそのかわりをするようになったからだろう。たとえば、これまでシオニズムを批判したのはもっぱら左翼であったが、(1)は、ユダヤ教の立場からのシオニズム批判を扱っている。シュロモー・サンド『ユダヤ人の起源』(武田ランダムハウスジャパン)をあわせて読むと、根本的に見方が変わるはずだ。
 
 (2)は、これまで古めかしく見えた、中世の哲学を新鮮に感じさせる本である。12〜13世紀のヨーロッパ各地で自由都市が発達し、商工業者の組合組織として設立された大学で、教会や修道院に対抗して、ソフィストのような哲学者が輩出した。ギリシア哲学がなぜ中世に蘇生してきたかがわかる。
 
 (3)も、ある意味で、神学的な議論だといえる。もはや超越者が存在しえない量子力学的認識を踏まえて、これまでの知にあった神学的な構えを考察するからだ。